« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

2007年4月

運転中の話



お久しぶりの不定期更新、300秒1本勝負!!
収録は、遡ること 2007年 4月1日 深夜0時。
UPまでに1ヶ月かかることになるとは
この時、誰も予想していなかったのです・・・(ぇ

今回は、いつもより一層色々やばいが公開する。
しかし、後悔はしないぞ(ぉ
では、約300秒、仕方ないからご飯のお供にくらいならしてやってもいいぞ・・・という慈愛に満ち溢れたソコの貴方!
迷わず、怯えず、れっつ くりーっく!!!

良い子は 絶 対 に 真似してはいけません。
(詳細は、本編にて・・・)

| | コメント (0)

水族館に行った話

前回まで、無駄に長々と文章を書き連ねてきたので
今回は、写真をお楽しみください♪

帰省時、世界一(?)と言われる『美ら海水族館』に、ドライブがてら行って来た。
水族館は昔から大好きだから、早起きを余儀なくされたにも関らず
テンションアゲアゲ↑↑ヽ(≧∇≦)ノ

では、枚数は少なく、カメラワークも下手っぴですが
海に潜った気分で、鑑賞どぞ。

魚の群

こういう、魚の雪崩(謎)みたいな様子、結構好きだったりする。
もういっちょ!


エイもいる

エイも一緒に。
エイって、意外と可愛い顔してるよね。


珊瑚と熱帯魚

魚より珊瑚に見入ってしまい、思わずシャッターをきった一枚。
珊瑚はこれ以上破壊されない様に、守っていかなきゃいけないね。

続いて・・・

こばんざめ

鮫は嫌いだけど、コバンザメは愛嬌が感じられるので許すw


うつぼ出現!

私の目には、どうしても、ムー○ンのキャラの
ニョロ○ョロにしか見えないのだが・・・。
うつぼは全長がすごい長いらしいけど
ニョロ○ョロはどうなんだろう・・・??


以上!マイナスイオンは受け取ったかー!?w

最後に・・・レア(?)画像をプレゼント!!


あ゛っ…………

分かるだろうか・・・w

| | コメント (2)

母校巡りした話 ~高校・大学編~

そして最後に、高校と大学へ。

高校は、以前無駄に熱く語った事があるので割愛。
(気になり、且つ 時間のある方はリンクの過去ログからどうぞ)
てか、高校は友達との待ち合わせ場所にしただけなので
校内を歩くコトなく、写真も撮らず
合流したらすぐ出発した・・・ので感慨にふける間がなかったw
ざっと見たところ、まだ創立20年も経ってないので、相変わらず綺麗だった。
噂では、高校の同期生が、現在この母校で教師をしてるとか。
母校に帰る・・・ってすごいなぁ、本当にあるんだ、と感動。

そして、大学。
私立だったので、どうやらお金はあるらしく
私が卒業してから、ちょー綺麗に改築しやがっていたw
学費払っていたのに・・・なんだよー!!ヽ(`Д´)ノ
その1つ、県内ナンバー1(らしい)でもある図書館 ↓

図書館
図書館は、辛うじて1年間は利用できた。

また、ウチの大学は米軍基地のすぐ隣に位置しており
数年前(私の卒業後)、基地の飛行機が会計課の棟に墜落して
そのおかげ(?)で、会計課の棟は、綺麗に建て替えられていた。
幸い、負傷者・死者共にゼロだったので
学校側にしてみれば、ケガの功名・・・といったところだろうか。
その会計課の棟で、『校章』なるものを発見!!あったんだ・・・(ぇ

『校章』らしい……

その他、大学の思い出をザラッと。

●授業

1限目(9時始業)は、予想通り、ほぼ毎回遅刻(ぁ
興味あるものだけ、ちょー頑張ってた(ぉぃ
単位取得に関しては
最小限の苦労で最良の結果を・・・という手法を身に付けるw
ベストサイズのカンペの作り方を学ぶ(バカ
3年生の1年間だけは、北海道の姉妹校に国内留学したり。
卒論は・・・締切時間5分前に、教授室のポストに投函し
教授には声をかけずに逃げてった(サイテーw

●授業以外

学食があったけど、美味しくない上に値段が高いので
気が付けば、4年間で2回しか行ってなかった。
サークルが集結するサークル棟には
4年間の約5分の3(微妙w)はラストまで入り浸っていたり
大学祭では、頼もしい男子のおかげで毎年楽しかったし
お酒と夜遊びを覚えたのも、大学生になってからだなぁ・・・w
そうそう、初めてのバイトも大学生になってからだった。

バカやった記憶を筆頭に、色々蘇ってくる。
若かったなぁ・・・・・・ww


さて。小学校から大学まで一通り巡ってみたけど
学校という場所は不思議な空間で
春休みで生徒はあまりいなかったけど
校内に入るだけで、生徒の笑い声やはしゃぎまわる声が響き渡っているような気がした。
同時に、当時の私達の会話も聞こえてくるような気がして

小学校では、悩みらしい悩みがなく、いつも走り回っていた自分を
中学校では、部活に勉強に進路に勤しんでいた自分を
高校では、成績悪くても開き直って、常にハイテンションで何故か毎日笑っていた自分を
大学は、やりたい放題して、それでもいい仲間に巡り合えて、ちょこっと成長した自分を

そんな自身の姿が見えるようだった。
当然だ。ソコには
見えるだけの充分な材料が、凝縮され詰まっている。
校舎のいたるところに足を踏み入れる度
当時、ソコで私が何をやっていたのか、セピア色の映像で蘇る。
タイムスリップしたような感覚に陥った。

このルーツがあったからこそ、現在の私が存在してる。
学校で過ごす時間は
もしかしたら、家で家族と接する時間より長いかもしれないわけで
これまでの人生や人格を形成する上で
大きな影響を及ぼしているのだと思う。
いやはや、今になって
ルーツがこんなに興味深いものになるとは思わなかった。
また、あと数年経過したら、再度母校巡りをやってみよう。
その時には、また違った風に目に映るのだろう。

去り際名残惜しさもあったが、新たな楽しみが生まれたので
「お世話になりました、ありがとう」
心の中で呟いて、笑顔で出身校を後にした。

母校その4(大学・5号館)

| | コメント (0)

母校巡りした話 ~中学校編~

続いて、中学校へ。
私は、もし人生をやり直せるとしたら
中学からやり直したい、と思うクチである。
そんな中学校。はてさてどんなドラマが待っているのだろう・・・と
高鳴る鼓動を抑えつつ、いざ踏み出す。


中学校は、校舎内に潜入成功(ちゃんと許可貰ったよ)
入るや否や 『イジメを考えよう』 と表記されてる大きなポスターが目に付く。
私達の時代には、イジメ問題なんてなかったのに・・・。
ここでも早速 『時代』 というものを感じてしまった。

まぁ、気を取り直して散策開始。
中学生活最後の1年を過ごした教室 ↓↓

3年2組

更に、調子に乗って、上階へ移動してみる。
3階に位置する1年生の教室は鍵が開いていたので
中にこっそりお邪魔し、着席して記念撮影してみたりw(掲載してませんが)
当時は机も大きく椅子も高かったのに、今は自然に座れた。
机は幅も奥行きも、今となっては小さい。
よくこんな小さな机に教科書を沢山詰め込めたなー・・・w
通っていた頃は当たり前だった、この教室の風景が
セピア色がかった様に目に映った。
縦7列・横5列で綺麗に並んでる席も、可愛らしく見えた。
当時の授業風景や、進路で四苦八苦していた事を思い出す。


また、こんな風景も。

がっちりガード

非常口なのだが、やんちゃな男子がたまにここから脱走するので
ちょー厳重に鍵がかけられているようだ。
あまりにも素晴らしすぎる施錠っぷりに笑ってしまった。
しかし、これじゃこの扉は非常口として機能しないよねw


音楽室では、私も所属していた吹奏楽部がパート練習してる音が
体育館では、バスケ部やバレー部の掛け声が聞こえてきて
運動場では、野球部とソフト部が暑さを跳ね除けて練習に励んでいた。
うんうん、それでいい。若いパワーを惜しみなくぶつけてくだされ!w
そんなコト、言われなくても実践してるわ!と言わんばかりに
知らない間に、バスケ部が全国制覇していた。(※私の代では弱小だった)
そういえば、私の代では、ソフト部が九州制覇したり。
なんだ!?ウチの学校(汗) 特に部活動が盛んってワケではないはずだが・・・。
田舎だからって、バカにできませんなぁ・・・(しみじみ)

最後に外を歩いて、校舎全体を眺める。
私は変な所で運が強く、通った学校全て、校舎が何故か綺麗で
中学校も、当時はまだ新しい校舎だった印象が強かったが
あれから随分時間も経過したもので
随分と老朽化してる現状に驚き、時間の流れを感じた。
でも、あの頃と同じままで、これからもずっとここに在って
これからも沢山の生徒が
この学校で学び巣立っていくんだろうなぁ。

恐らく、中学校って、高校受験が絡んでくるから
人生の1つの分岐点になると思う。私も随分と悩んだ。
少し無理してでも、沢山好きな事を選択して、もう少しだけ伸び伸び生活していたら
もし、あの時あの選択をしていなかったら、もっと違う人生を歩んでいたかもしれない。
でも、「もしも・・・」なんて考え出したらキリがないし
過ぎ去った事はやり直しができないから
じゃあ、あえて「もしも・・・」と言うなら

もし生まれ変わっても、また私としてこの世に存在することができたら
違う選択をして生きてみたいなぁ

という、ささやか(?)な願望にしといて
今は出来ることを精一杯楽しんで、人生を謳歌していこう
と心に秘め、中学校を後にした。
(まぁ、もし生まれ変わってもまた自分だったら、同じ選択をしてまた同じコトを思いそうだがw)

母校その3(中学校)

| | コメント (0)

母校巡りした話 ~小学校編~

帰省時の話。

「母校を全部まわろう」と思い立った。
小学校5年生~今でも付合いのある友人数人と
共に過ごした小・中学校を
そして、小学1~4年生まで通った小学校と、高校と大学は、1人で訪れてみた。
これまでの人生の大半を費やした場所を訪ねてみることで
自分のルーツを再確認できるのではないか・・・という目論みが生まれたのだ。
また、卒業してかなり時間が経過し
あの頃よりも、一応少しは成長したと信じたい現在。
通っていた時とは違う風に、学校が目に映るのではないか・・・という好奇心もあった。

まず、小学校。
1~4年生まで通っていた学校は、各学年人数が少なく、クラスは最大3クラス(2クラスの学年もあった)
市内の中心に位置してる為、校舎も大きいわけではない。
そして、運動場がかなり狭い。(←それでも当時は広いと感じていたがw)
5年生に進級すると同時に、引越し&転校。
転校先の小学校は、倍以上の校舎の大きさと運動場の広さと生徒数。
それだけでもかなりの衝撃を受ける。しかしそれだけではない。
当時は、田舎独特の、方言が飛び交う会話に
ただただ愕然とするばかりだった。
(市内っ子は方言を全く使わない為、皆が何を話してるのか解読不能だった)

そんなコトを思い出しつつ、小学校の変化に気付く。

もはや日本も、胸を張って「安全です!」とは言い切れない昨今。
小学校の塀の周りには、数メートルもある金網が一面に張り巡らされていて、校門にも強そうな鍵が構えている。
不審者防止の為には仕方ないことだし
たまーに脱走する生徒もいるから二重で防止になるんだろうけど
生徒が閉じ込められているようにも見えたなぁ・・・。

また、遊具数がかなり減少してる。
ケガするといけないから、今は遊具を撤去する傾向にあるらしい。
5・6年生を過ごした学校も、半分以上遊具が無くなっていた。
体育の為の、鉄棒と砂場しか置いていない学校もあるとか。
過保護というか何と言うか・・・。
子供のうちは、転んで擦りむいてナンボだと思うのだが。
ケガして学ぶ事も沢山あるはずなのに。
だから現代っ子は転ぶのが下手で、骨折しやすいんだよ!w
しかし・・・これが 『時代』 というものなのだろうか。


そんな光景に、1人で勝手に感傷に浸るも
金網の向こうでは、子供達が元気に走り回っている姿があり
どの世代でも変わらない、その生き生きとした表情に、屈託のない笑顔に、元気をもらったり。
子供はパワフルで生命力に満ち溢れているなぁ・・・と、しみじみ。
いやいや、私もまだまだ負けたくありませんがw

当時は、運動場は広く、校舎内の天井も高く、校庭の花壇も大きく
ジャングルジムの頂上は手の届かない存在だったのに
今は全てが小さく見えて
花壇のプレート等、生徒の手作りのモノがあると小学校独特の温かさを感じ
それを目にするだけで、子供の笑顔や声が見えるようで聞こえてくるようで
私にもそんなピュア時代がきっとあったんだろうなー・・・w
と、思わずこぼれてしまった笑みを隠しつつ、小学校を後にした。

最初に通った小学校
(5・6年生の母校は2007.4.4に掲載したので割愛)

| | コメント (2)

海の話

遂に、恐れていた事が起こってしまった・・・・・・。
この1年、これだけは起こすまいと必死で耐えていたのに
遂に、やらかしてしまった。引き起こしてしまった。何か?
ブログ大渋滞。

書きたいことは沢山あるのに、リアルタイムで反映できていない。
でもここで諦めて、過去の出来事を自分の内だけに留める私ではない。
だいぶ過去に遡るが、折角貴重な体験(?)を多々してきたので
少しずつ更新することにしよう。


さて。先日、美しい海の動画をUPしてみたのですが
他にも、我ながらいい画が撮れていたので、もういっちょ!!

How beautiful!!!

見てるだけで癒される。ナイス エメラルドグリーン! 
改めて、故郷の素晴らしさを再確認できる瞬間。

ここで、海は↑の様なものが当然だと思い込んでしまってるそこのあなた!
海にも色々種類はある。
その証拠に・・・コレも海ですよ↓↓

アーサーまみれ

こっちはこっちで、負けじといいグリーンを醸し出してる。

・・・正直、引くよね?w
この、大地を一面に覆う緑色の物体は一体何か・・・

Answer : 方言名 『アーサー』 という、海草。
(標準語で、合致する単語が思い当たらない)(汗
他県の海ではどうか分からないが
沖縄の海では自然に発生するようだ。
見た目かなり気持ち悪い印象だが、コレ、取って食べられる。
実際に採取してる人もチラホラいた。
味噌汁の具の代表選手で、栄養満点!豆腐と相性ばっちり。
偏食家の私としては
幼い頃は、アーサーに育てらたと言っても過言じゃないだろう(ぇ


海にもグリーンにも色々あるってコトだ。
きっと、まだまだ教わることは沢山あるだろう。
海だけに深いなぁ(謎


余談

コレも『うみ』 ↓

うみぶどう
海ぶどう という食べ物 (私はコレ食べられない。 汗)

| | コメント (5)

変わる話

「2年間は、人が変わるには充分な時間だ」
そんな言葉を聞いた。

確かに。否定できないけど、重いな・・・。
本来なら、1年でも充分な時間のはずだ。
もっと言うなら、半年でも変われる。

以前、私がお世話になった講師は

「3ヶ月で変われないなら、無理だ」

そう仰っていた。
厳しいお言葉だけど、本当にそうだな。
と、最近より一層痛感する。


さて。私は変わっただろうか
変わることができているだろうか・・・。

| | コメント (0)

海と橋に行った話

遡ること3月31日。
そう、帰省時の話。

友達とドライブしてきた。主に沖縄の北部地域。
北部は田舎っちゃー田舎だけど
自然(特に海)がとても素晴らしい!
沖縄は小さいと言えど
やはり北まで行くのは非常に時間がかかるので、なかなか行く機会がない。
しかし、どうしても行きたい海があったので
早起きして、気合でドライブ決行!
あるPVの撮影に使われた場所へ行って来た♪

更に、友達が、『小宇利大橋(こうりおおはし)』という橋へも連れて行ってくれた。
全長1960メートル、通行料金のかからない日本一長い橋。
こんな橋があったこと自体、初めて知ったw
周囲に、遮るものは何もない。故にめっちゃ強風!
平日の為、車の通りも全くない。橋を独占した我ら(にやり)

そして、偶然にも、この橋も撮影所として使われたのだ!!
(これは後日知った)
あぁー・・・感無量!!
ミーハーだけど、好きなアーティストが立った場所に立てただけで
相当テンションが上がって
更に、景色も素晴らしいもんだから涙が出そうになった
そんなドライブでの1コマでした。
沖縄ありがとーーーーーヽ(≧∇≦)ノ


実験も兼ねて、動画をUP!上手く再生できるのか・・・?
画像がちょっと粗くなって、美しさ半減したのが残念。
実際はもっともっともっとキレイなんだーーー!!!(叫)

「manza_beach.3GP」をダウンロード

「kouri_bridge.3GP」をダウンロード

※妙な声が入ってますがスルーで、景色をお楽しみ下さい。

| | コメント (3)

2007年度、東京生活スタート日の話

東京に帰ってきた………が
家までの帰路にも色々あった1日だった。

まず、沖縄→羽田の飛行機にて。
乗客が少ない今日こそは、定刻通り出発できるはずだった。
しかし、離陸直前、機内に不具合があり
出発が30分遅延する事態に陥る。
ちょ、着いたらこの後バイトだよ!?
2週間休暇明けに遅刻とか絶対に嫌だと内心焦るも

でも、遅刻の理由が「飛行機遅延」ってなんかかっこいーヾ(≧▽≦)ノ

と楽観視、機内でグッスリ寝たw

………無事、東京へもバイト先へも着きましたよ。
あぁ、言ってみたかった。

「すみません……飛行機が遅れたので遅刻しましたあああ!!
でも、これでも飛んできたんですよ!?」

一生に一度でいいから言ってみたいねぇ(* ´艸`)

久々のバイトは久々なんで緊張してやたら丁寧な対応になり結果オーライ。

帰宅。部屋の空気の籠もり具合に「う゛っ……」となりつつ
実は、帰省中に放送してた
沖縄では放送しない日テレの番組を
ビデオ録画予約してあったので
それを観るべく、ウキウキで再生。

…………………

青い。いつまでたっても、画面が沖縄の空より青い………。

まさか………録れてない!!!???

私もブルー、もうディープブルー(ぇ
なんで!?
目の前の現実を受け入れられない。
試しに、今、録画テストをしてみた。

………録れない。・.。・(ノД`)・。.・。

機械に弱いくせに面倒くさがって
いつも直感でセッティングしてて
これが何故か毎回上手くいってたのですが
さすがに今回は×。
機械め………ついに人間に反抗心をむき出してきたな(違

仕方なく取説を広げると
ビデオデッキとTVのケーブルの接続が
ちゃーんと間違ってたぜぃ。てへぇ♪
そして、ケーブルの差し替えに取りかかるのだが
回しながら取り外すケーブルを一生懸命ずっと引っ張ってて
取れない事に苛々すること20分
回しながら取り外すと気付く。
それからはすぐ外せたよ、うん、当然だよね。
でも、左腕がなんか筋肉痛したみたいだよ?(死
「引いてもダメなら回せ」
新ルール、ここに誕生。
こうして人はまた1つ大人になっていくんですねー(ぇ

今年度の東京生活の幕開けはこんな感じ。
先行き不安?
いやいや、いきなり山あり谷ありで
平凡よりそれがいいじゃん(´∀`)

| | コメント (4)

2年目突入な話

気が付けば、4/4を以て
ブログを始めて1年経過していた。
飽きっぽい私が、よく続いたもんだ・・・と
少しだけ自分を褒めてみる。

日常の出来事や思ったことを記すのは
知らず知らずのうちに自分の気分転換になってるから
継続できてるんだろうなぁ。

これからも気が向いたり、何かを書きたくなったら気まぐれ更新。
2年目に入ったからといって、節目に大きな変化はない。
変化させたいと思ったら、その時が変化するタイミングだーー!!
(↑It’s my rule♪)


そんな感じです。お読み頂いてる方いらっしゃいましたら
今後とも、温か目線で見守ってやってください(敬礼)

| | コメント (2)

ピュアな話

突然、母校巡りをしたいと思い立ち
これまで通った学校を、小学校から全て回ることにした。
その話はまた次回にするとして
今回は、母校巡り中に見つけた素晴らしいモノを紹介しようかと。


5年生と6年生を過ごした小学校にて。
(※転校生だったのです)
校門入ってすぐの所に、1年生~6年生までの全員の
将来の夢を書いた木札的なモノが飾られてあった。
各学年、特徴がある。
1年生の女の子は、お花屋さん、ケーキ屋さんがダントツ。
3年生以上の男の子は、野球選手が多かった。
そんな中、(失礼だが)面白い夢もあった。
今回は、私がツボった上位3つを紹介。


第3位・・・ 『友達と2人で高校合格したい』 (小5女子)

早い!中学入学する前に、もう高校受験を見据えてる!
さすが、小学生時分の女子の成長は早いなぁ・・・と感心。


第2位・・・ 『にんじゃになりたい』 (小3男子)

同クラスにこの同じ夢をもつ男子があと2人。
よくつるむ友達同士か?
伊賀の里に行くことをお勧めします(ぉぃ


そして・・・今回、数多くあった面白DREAMの中から
群を抜いて栄光の1位を獲得したものは・・・・・・!!!


第1位・・・ 『テストで100点とりたい』 (小4男子)

一番叶えられる可能性が高い夢です。(しかも、近年中に)
彼にとっては切実なのでしょう・・・w


さて、今回のランキングはいかがでしたでしょうか?w
次点に『外人になりたい』という夢もあった。
その夢は、外国にいったら叶えられますよ(ぉ

小学生って、本当に素直に自分の夢をぶつけてくる。
だから、どれを見てもほほえましくなってしまう。
また、小学生の小学生らしい字
(習字をやっていないような不慣れな字形?・・・伝わるだろうか?)
それが、彼らの真っ直ぐさをより一層強調してくる。
大人になるにつれて、その純粋さはどこで失ってしまうのだろうか・・・。
こう、失わなくてもいいものを人間は失いがちだよねぇ。
なんて哀愁を感じつつ、小学校を後にした。

現実の厳しさを知っても
ピュアさは、何歳になってもいつまでも維持したいものです。

母校その2(小学校)

↑私が卒業して数年後に、立派に改装されていて悔しかった・・・。

| | コメント (0)

名前の話

私の名前は、ごくごく普通の平仮名の名前。
しかし、名字は珍しい。
画数が多く、妙な読み方をする。
地元の人でないと、一発で読める人はほぼいないだろう。
以前、バイト先の人に


「へー!!そう読むんですねぇ・・・本名ですか??(真顔)」


そう問われたこともある程だ。
「え゛!?コールセンターで源氏名(ぇ)使うのは、レベル高いと思うぞ!?」
という気持ちが込み上げたが、それに勝るほどの笑いが込み上げて
相手に失礼なくらい爆笑してしまった。
なんせ、そう問われたのは生まれて初めてで衝撃的だったのだ。


さて。ここで名字はさておき、名前と言えば
最近の・・・いわゆる『現代っ子』の名前は
親が非常に凝った名前をつけるようで
女の子は、昔主流だった○○子って名前が少なくなってるし
男の子は、先祖の名の1文字を継がせるという風習も減少してるようだ。
当て字を使ったり、少々難しい漢字を使う傾向になってるらしい。
確かに、その方が『オンリーワン』になる確率は高くなるね。
しかし、母が教師をしていた頃
「最近の子供の名前は、学籍簿の隣にフリガナがないともう読めない」
とぼやいていたw

私の友達も、少しずつ子供を持ち始める人が増えてきた。
出産しましたメールが届くこともある。
本文には勿論、写メの添付と性別・名前が記載されてるのだが
最近、一番衝撃を受けた名前は
『夢』と書いて『みらい』くん(男の子)
これ、もしテストに出たら読めないよ!!!(笑)


そして先日、その名前を付けた彼女と夢くんに再会。
1歳になったばかりなのに、もう元気に歩き回ってて
人見知りせず、明るく、笑顔が可愛い、愛らしい男の子で
正に、彼の未来は夢いっぱいのようだった。
彼女に夢くんの名前のことを問うと、やはり当て字で
男の子でも女の子でも、この名前にすると決めていたそうだ。
強引すぎる当て字じゃなければ、問題なく受理されるらしい。


読み方は難しいけど、綺麗な名前だと思う。
そして、親の愛を感じる。
他人の名前でそう感じるから、やはり誰の名前でも
色々な思いが詰まって命名されたんだろうなぁ・・・と考えてみたり。
しかし子供の頃は、そんな親心子知らずで
漢字名が良かったと親を責めてしまったり
名前を書く時、わざと漢字で書いたこともあったw


名前は一生モノ。魂とか言霊が込められているんだろうなぁ。
大切にしたい。

| | コメント (2)

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »