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伝えることの難しさ・・・の話

以前にも同じようなことを書いた気もするが、改めて。
コミュニケーションって本当に難しい。

自分の思いを言葉で伝えることもあれば、態度で伝えることもある。
自分が発信してるつもりでも、実際に、自分の出しているものが
果たしてどれくらい相手に伝わっているのだろう?

まず、自分は自分の気持ちをちゃんと理解できているのだろうか?
断片的には分かってて、分かってる部分を繋ぎ合わせると
きっと、自分を、やっと半分理解できてる方なんだと思う。
自分で自分を理解していないのに、相手に伝わるわけもない。
だけど、なんだか上手く言葉にできないけど
心の中にモヤーっとしたものがあって、ソレを相手に伝えたい衝動が先走って、だから考えるより前に言葉を発するけどでも上手く言葉にならなくて、言葉に詰まったり意味不明になってしまう。
それで、更なる誤解に繋がることもあるだろう。
本当は、そこでちゃんと自分の気持ちを言えなきゃいけないのは分かってるけど、私は・・・申し訳ないけど、そんな器用人間じゃない。
『自分の気持ちを相手に100%伝えるのは相当難しい』
って改めて気付く。
もしかしたら、100%完璧に伝えられるのって
一生で1回あったら素晴らしいのでは・・・と思うほどだ。

自分がどうしたいのか?
単純に答えることはできる。
でも、大人になっていくにつれ
その単純明快な答えだけじゃダメなんだと思う。
いつも問われた時には回答がポーンって出てこないで
時間経過するにつれ、気持ちの整理ができてるのか何なのか知らないけど、後になって纏まってソコで 「自分の一番言いたかったことと、そう思うに至った理由が何なのか」 って事に気付いてしまう。
それじゃ、手遅れなんだ・・・。
分かってるけど、相変わらず私は遅い。歯がゆい。
そして、泣いたことも沢山ある。けど、未だ改善されず・・・。
改善策も分かるような気がするけど、でも分からない・・・。


『やる気』 と 『情熱』 は違う。らしい。
少なくとも私は、今まではこの2つを同一視してた。
『情熱』 が 『やる気』 の原動力だと思っていたからだ。
情熱が強ければ強いほど、やる気で見えてくるものだと思っていた。
確かにソレも一理あるだろう。
しかし、人によっては別の違うカタチで情熱を求め、感じる人もいる。
恥ずかしながら、そのことを初めて知った。
大好きだからこそ、コダワリがあって、譲れない部分が出てきて
勿論、皆の中に 「好き」 って気持ちはあるんだけど
その人なりに「好き」の温度が違うから、その温度差で食い違いやすれ違いがでてきちゃうんだろうな。
悪いことだとは思わない、純粋に「好き」だから生じた結果なわけで、それで衝突が起きても誰も悪くないんだ。
でも、やっぱ自分の「好き」という気持ちが『情熱』というカタチで相手に伝わらなかったら、残念になる。だって、相手の「好き」には及ばないかもしれないけど、私だって「好き」なんだから。
だから、どうにかして相手に伝えたいなーって欲してあがくんだ。


言葉を扱えるせいで、人間は気持ちを伝えたい衝動に駆られ
考えるよりも先に、言葉で気持ちを吐き出す。
それは人間の特権、きっと素敵なこと。
私は全然上手く扱えていないけど、でも言葉がなかったらすごく悲しくなってしまうと思うんだ。

恩師が言っていた。

考えながら物事をしゃべっている人なんて殆どいない。
大抵の人は、今の気持ちをチグハグでも素直に1つ1つ吐き出す。
その時のほうが、「伝えたい」って気持ちが一番強く出ていて
何も飾ってない素直な姿が見えて
聞き手も、「しっかり聞こう」 という気になる・・・・・・と。

分かる。必死で伝えようとしてる人は
喋ってることに脈絡がなくても、言わんとしてることは伝わってくる。

それでいいのかな?
そしたら、私の言葉は常に支離滅裂になっちゃいそうだけど
恐れて言葉を飲み込むよりは、そっちの方向に傾いて
相手に甘えていいのかな?
どうも相手に甘えるのが苦手な性分で
すぐに変えることは出来ない気がするけど
私が逆の立場だったら、相手が何も言わなかったら悲しくなっちゃうし、頑張って話そうとしてる姿をみると、相手の話をしっかり受け止めようと努力すると思うから、ちょっとずつちょっとずつ寄りかかっていって、いつか遠慮なくいつものサバサバ(?)した自分でコミュニケーションを図れるようになりたい。

コミュニケーションは、永遠の課題だろう。
またいつか、絶対に凹むことはあると思う。
人間で生きてる以上、それも仕方ないのかな? と思う。
でも、そう悩めることも、多分素敵なこと。人間の特権。
悩んで解決策を出せた時、人はまた前に進むことができて
相手とも、距離をより近づけることができて
いい人間関係を築くことができる。
時には言葉で傷付けることもあるかもしれないが
言葉で相手を癒し、壊れた関係を修復することもできる。

だから、恐れずに、そしてもっと相手を信じて寄りかかって
沢山沢山コミュニケーションしていこう。

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